いなくなっても感じる亡き母の想い

ありのままの私





 



こんにちは!Musik Glanz(ムジークグランツ)です

現役ピアノ講師でアラフォー子育てママやってます 

さて今回のタイトルは

いなくなっても感じる亡き母の想い

  1. 梅雨入りのニュースを見て思うこと
  2. 多才で器用だった母の人生
  3. 全力を尽くして、後悔はしない

梅雨入りのニュースを見て思うこと

今日は雨。

例年に比べて早い梅雨入りが朝のニュースを賑わわせていました。

毎年いつ頃梅雨入りしていたのかなんて、子供を産んでからは考えたこともなかったなぁ。

毎日日々の生活に追われて、いつ梅雨に入ろうと、いつ梅雨が明けようと全く無関心。

雨が降っていると「洗濯物乾かなくて嫌だなぁ・・。」と思うぐらいのことでした。

無関心というより、関心を持つ気力がなかったのかもしれない

そんな風に今朝は思いました。

梅雨入りに気付けただけでも、私少し心に余裕があるのかも・・。

雨の日は感傷的な気分になることがあります。

今日は亡くなった母の事を書いてみようと思います。音楽もピアノも関係ありませんがよろしければお付き合いください(^^)

多才で器用だった母の人生

私の母は十年余りの闘病ののち、数年前に旅立ちました。

もうこの世にはいません。

そのことを認めることが出来るようになったのかと聞かれると素直に「はい」と言えない私です。

母は携帯のつながらないような、どこか遠い国へ旅行に行ってていつかひょっこり「ただいま~」と帰ってきそうな気がまだしています。

旅立った直後は目に見える全ての色が褪せて、時間が止まって、呼吸の仕方も忘れてしまったかのような感覚になりました。

「母がいなくなったのに、どうして私は生きているんだろう」
「母のいる場所に行きたい」

とまで思った私をつなぎとめたのは他ならぬ家族です。

主人と子供がいなければ今ここに私はいなかったかもしれません。

母は私が弾くピアノが好きだったし、好きなピアニストや物の価値感も私と良く似ていました。

母自身とても多才で器用な人でしたが、子供(私や私の兄弟)が産まれてからは一切自分の事には目を向けず、子供のサポートばかりをしているような人でした。

母の人生はそれで幸せだったのだろうか、と考えることもありますがもう答えを聞くことは出来ません。

全力を尽くして、後悔はしない

「自分が全力を尽くして選んだ道は、どんな結果であろうと後悔はしない」

これは母が旅立つ数日前に私に話した、母の言葉です。

子育てをしている今、ピアノ講師をしている今、悩むことはあります。

自分の選択が子供達にとって、生徒さんにとって本当に最善なことであったのだろうかと思い返すこともあります。

適当に選んだ道は、適当な達成感しか得られない。

全力で考えて選んだ道は、たとえ残念な結果になったとしても「ここまでやったんだから仕方ない」そう思えることに最近気がついてきました。

こんなに早く母と別れるなんて思ってもみなかった
私が子供を育てるなんて思いもしなかった
ピアノの演奏者になりたかったのに、ピアノ講師になった

人生、予想外はつきものです。

今の私は全力で選んだ道を突き進めているのだろうか・・・。

泣いて産まれてくるのだから、最後は笑って死にたいと言っていた方がいましたが、まさにそのとおり。

笑って死ねたらどんなに幸せなことでしょう。

今日の私が今日を全力で生きたら、明日の私にはまた違う未来が待っているのかもしれません。

母は今もどこかで見ていてくれるでしょうか。

いい歳をして、まだ母に褒めてもらいたくて、母の面影を探しているダメな娘です。


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